ブロンデルのチョコレートを一口食べてみると、誰もがその口溶けのまろやかさに驚きます。どこか懐かしい柔らかな美味しさの秘密は、創業以来守り続けられている手作りの製法にあります。

ブロンデルを支えてきたのは"職人の手"。すべてのショコラは160年前と変わらぬ製法で作られています。それはテクノロジーの進化とは逆行する"心のこもった工程"、多大な時間を要する職人技です。

マスターショコラティエ バスチャン・ティボーは、ショコラを"Matière vivant"=生きた素材と言います。
手作りだからこそ体感できるチョコレートの状態をその日のコンディションにあわせて調整しながらつくり上げる。
そして素材の味わいが最大限に生かせる分量やチョコレートの厚みを考えながらハンマーチョコレートを広げ、大理石の冷たさを利用して固める。
その繰り返しの毎日から生み出される優しい美味しさをお楽しみ下さい。

その昔、チョコレートはラテン語で神様の食べ物という意味の"テオブロマカカオ"と呼ばれていました。古代アステカの人々は、全能の神"ケツァルコアトル"の存在を信じており、
カカオは、その蛇神ケツァルコアトルが「人類に英知と力を与え、病を癒す為」に授けてくれた大切な食べ物として扱われていました。
フェルナンド・コルテスがスペインの遠征軍を率いてアステカ帝国に上陸した時、アステカ帝国の王モンテズマはコルテスをアステカの神ケツァルコアトルだと思い込み、神の食べ物「テオブロマカカオ」を振舞いました。
こうしてカカオはコルテスにより1528年にヨーロッパに持ち込まれました。苦いだけの飲み物だったカカオ飲料には、黒胡椒、牛乳やワインなどが加えられ、ヨーロッパの貴族にもてはやされる飲み物となりました。
1802年には、スイスのフランソワ ルイ カイエがココアと砂糖で、木片のようなお菓子を作ります。これが初めての固形チョコレートでした。
1829年に、同じくスイスのダニエル ピーター ケラーかチョコレートにミルクを加え、ミルクチョコレートの制作に成功しました。ピーターの友人で後のネスレ社創立者アンリ ネスレが粉ミルクを開発した事により、ミルクが含まれたチョコレートを成形することが可能になったのです。

その後、ルドルフ リンツがチョコレートの砂糖を粉砕するコンチという機械を発明し、より滑らかなチョコレートが生まれました。
こうしてチョコレート製造は19世紀、スイスで大きな飛躍を遂げ、世界で消費されるチョコレートの殆どがスイスで作られるようになったのです。

 

ブロンデルの創業者、エドリアン ブロンデルは、カイエとケラーのチョコレート製法を学び1850年、ローザンヌにショコラティエ ブロンデルを開店しました。以来ブロンデルは160年前と同じ場所、同じレシピで、チョコレートを作り続けています。そのチョコレートは、現代にあって最も純粋で正統なチョコレートと言えるでしょう。 

伝統的な製法から生まれるそのおいしさは、甘過きす苦すぎず。
ローザンヌの本店にはブロンデルのチョコレートに魅了されたお客様が、ヨーロッハを中心に世界中から訪れています。

マスターショコラティエ バスチャン ティボー
Master Chocolatier Bastien Thibault

 

バスチャンは、ローザンヌとニヨンの間にある湖畔の街モルジュに店を構えるショコラメゾン、マイヤーに17歳で弟子入りし、スイス各地でショコラティエやチーフ パティシェとして経験を積みました。

2001年よりブロンデルでマスターショコラティエとしてチョコレート製作に取り組んでいます。地元はもちろん世界中から訪れるお客様で混み合うショップをきりもりしつつ、ブロンデルに代々伝えられてきたレシピを守り、スイスの新鮮なミルク、ナッツやフルーツを使用して、1つひとつ大切にチョコレートを作っています。

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